起業・創業・開業と言葉は違いますが、新しく事業を始める場合には会社を設立するか、個人で事業を始めることになります。今回は、個人の開業手続きについてまとめながら、インボイス制度についても考えてみたいと思います。(2022年8月の法律を基に記載しています。)
インボイス制度を適用すべきかどうかの判断はかなり難しく、起業直後の対応は慎重に行う必要があります。ここでは大まかなお話をしますが、よく分からない方は個別に税理士に相談することをおすすめします。もちろん当事務所でも無料相談をお受けしていますので、気軽にご連絡ください。
開業時に提出が必要となる書類
必ず提出すべき書類
届出等の名称 | 届出先 | 届出の期限等 |
---|---|---|
個人事業の開業・廃業等届出書 | 税務署 | 事業の開始等の事実があった日から1月以内 |
事業開始等申告書※1 | 都道府県税事務所 | 事業の開始の日から15日以内※2 |
所得税の青色申告承認申請書 | 税務署 | その年3月15日と事業開始日から2か月後のいずれか遅い日 |
※2は都道府県によって期限が異なりますので、ご注意ください。
税務署へ提出する開業届(正式名称は「個人事業の開業・廃業等届出書」)は提出していても、都道府県に提出する事業開始等申告書を提出し忘れている方がとても多いので、忘れず提出するようにしてください。
所得税の青色申告承認申請書とは、税金を計算するにあたって様々な特典を受けられる青色申告という制度を利用するために提出する書類です。青色申告の特典としては以下のようなものがあります。
- 青色申告特別控除(最低10万円、特定要件を満たせば55万円、65万円)
- 青色事業専従者給与の適用
- 各種引当金の計上
- 棚卸資産の低価法の適用
- 減価償却における特別償却または税額控除の適用
- 小規模事業者における現金主義の適用
- 純損失の繰越と繰戻
- 少額減価償却資産の特例が利用できる(30万円未満の資産を即時費用化)
青色申告特別控除額が10万円の場合は複式簿記が不要で、簡易な帳簿での対応ができます。55万円控除を受ける場合には複式簿記での記帳が条件となります。会計ソフトを利用していれば55万円の要件は満たせるはずです。65万円の控除を受ける場合は、複式簿記で記帳したうえで、電子帳簿保存承認申請書(令和4年以降に初めて青色申告を行う場合は「国税関係帳簿の電磁的記録等による保存等に係る過少申告加算税の特例の適用を受ける旨の届出書」)の提出か電子申告を行う必要があります。
状況によって出すか出さないを判断する書類
その他に提出を検討する書類は以下のようなものがあります。
税務関係に絞って記載していますが、このほかに社会保険等に関するものもありますのでご注意ください。
届出等の名称 | 届出先 | 届出期限 | 提出する場合など |
---|---|---|---|
給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書 | 税務署 | 事由発生日から1月以内 | 従業員を雇う場合 |
源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書 | 税務署 | なし (提出日の翌月から効果発生) | 源泉所得税の支払いを半年に1回にできる。 |
青色事業専従者給与に関する届出書 | 税務署 | その年3月15日と、事業開始または事由発生の日から2か月後のいずれか遅い日 | 15歳以上の同一生計親族が事業に従事する場合 |
所得税の棚卸資産の評価方法の届出書 | 税務署 | 事業開始年分の確定申告期限 | 最終仕入原価法から変更する場合 |
所得税の減価償却資産の償却方法の届出書 | 税務署 | 事業開始年分の確定申告期限 | 定額法から変更する場合 |
消費税課税事業者選択届出書 | 税務署 | 初年度はその年12月31日 | 課税事業者を選択する場合 |
適格請求書発行事業者の登録申請書 | 税務署 | 令和5年10月1日から適用を受ける場合は、令和5年3月31日 | インボイス制度の適用を受ける場合 |
・源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書について
こちらは給与や退職金に加えて士業に支払う報酬に関しても適用されますが、その他の報酬(原稿料や講演料、芸能関連の報酬等)に対しては適用されないのでご注意ください。
・所得税の減価償却資産の償却方法の届出書について
個人の所得税は累進課税といって所得が大きいほど税負担が大きくなるため、法人のように定率法が有利にならないこともあります。どちらが有利かは事前に税理士にご相談されることをおすすめします。
その収入は本当に事業所得?
事業所得とは何か
個人で業務を行って報酬を得た場合、所得税法では事業所得か雑所得として認識することになりますが、明確に区分する指標が無いためよくご相談を受けます。所得税法施行令63条12号では対象業種(製造業、小売業等)を挙げ、その他に「対価を得て継続的に行なう事業」としていますが、これらの業種だからといって必ず事業所得になるというわけではありません。判断基準としては、昭和56年の最高裁判決における「事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得をいい・・・」という文章が挙げられます。
この最高裁判決を基に色々な裁判でも判断がなされていまして、大きく分類すると以下の3つを満たせているかどうかになると考えます。
・自己の計算と危険において独立して営んでいること
・営利性、有償性を有していること
・反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務であること
雑所得との判断基準は
開業届を出すと事業所得になると認識されている方が結構いらっしゃいます。ただ、上記の文章を読んでいただくと決してそんなことはないことがお分かりになるかと思います。今年(令和4年)には、国税庁から所得税基本通達の改正があり、主たる所得ではない業務の収入金額が300万円以下の場合は反証が無い限り雑所得とする案が出されました。もともと副業の殆どは雑所得に該当するものの、青色申告特別控除やその他の所得との損益通算が広く行われるようになってきたことに対応したのではないかと思います。
なお、企業に勤めている方が開業届をだして副業を行っていた場合、何らかの理由で離職することになっても失業保険が受給できなくなることがあります。メリットばかりに目を向けて開業届を出してしまい、本来受け取れたはずの失業保険が無くなって損をしてしまうこともありますので、本当に開業届を出して事業としてやっていくべきなのか、判断は慎重に行ってください。
法人には無い個人事業主のメリット
費用が少なく、手続きも簡易
個人事業主として事業を始める場合に費用はかかりませんが、法人を設立して事業を始める場合には設立費用がかかります。資本金の額等にもよりますが、株式会社で250,000円、合同会社で100,000円は必要になってきます。また、個人の事業に関する税金は利益に対して発生しますが、法人の場合は赤字でも毎年必ず発生する均等割という税金があり、通常の税金とは別で最低70,000円を支払う必要があります。
個人も法人も年に1度確定申告をすることとなりますが、この作業は個人が圧倒的に簡単です。青色申告のところで触れましたが、個人の場合は簡易な簿記で対応することが可能で、会計の利益がそのまま事業の利益として計算されることとなるからです。
法人では会計の利益から税務調整と呼ばれる処理が必要となります。会計上では費用でも、税金の計算をするうえで費用にできないものが存在すること等により、その調整のための対応が非常に複雑になっています。
個人の確定申告であれば自分で対応できる方もいらっしゃいますが、法人の確定申告は専門的な知識がないと難しいため殆どの場合で税理士に依頼することとなります。税理士に依頼するにはやはり費用がかかるため、負担は大きくなります。もちろん法人にあって個人に無いメリットも多いですが、そちらはまた別の機会に書きますのでそちらをご参照ください。
税務調査の実施確率
誰もが嫌いな税務調査について、平成30年に国税庁から出されたレポート(税務行政の現状と課題)によりますと、法人で3.2%、個人で1.1%の割合で税務調査が行われたようです。個人は事業の他に固定資産の売買や株式取引のような譲渡所得や不動産所得もあるため単純比較はできませんが、それでも税務調査が法人と比較して3分の1程度になります。近年は新型コロナウイルスの影響で税務調査の数が更に減少していますので、税務調査を受けないで済む可能性の高さは大きなメリットでしょう。
インボイス制度適用の有無について
インボイス制度とは、インボイス(適格請求書)と呼ばれるものを発行してもらえないと仕入税額控除(支払時に払った消費税を差し引くことができなくなるという制度)で、インボイスを発行するためには課税事業者になり、登録をする必要があります。適用の有無を判断する必要があるのは2年前の売上が1,000万円以下であったり、これから新しく事業を始める事業者等(消費税の申告が不要な事業者)になります。
これまでは消費税の申告が不要ならそのままのほうが手間も少なく良かったのですが、消費税の申告義務がある通常の法人や個人が商品を購入する場合、登録事業者と登録していない事業者から購入する場合の消費税の対応が変わってしまい、登録していない事業者から購入した場合には損をすることになります。(詳細の計算はやや難しいため割愛いたします。)そのこともあって、登録していない事業者とは取引を減らしていくという会社も出てきているため、注意が必要となります。
ここで考えることは、「お客様が誰か」ということです。お客様が法人や個人事業主であれば、仕入税額控除ができなくなるため登録が必要になる可能性がありますが、お客様がいわゆる一般の消費者であれば登録は不要です。一般消費者は消費税を負担する人であり、消費税の仕入税額控除という概念が無いからです。このお客様が誰かを認識したうえで、インボイス制度の適用が必要かどうか判断する必要があります。
おわりに
個人が開業する場合、とりあえず開業の届出と青色申告の承認申請を税務署に出しておけばいいと認識されている方が多くいらっしゃるようですが、事業をより適切にかつ効率的にすすめるにはその他にも様々な検討項目があります。
全てを把握して判断して・・・というのは正直難しいと思いますので、自分に関係ありそうな部分を分かる範囲で取り組んでいただき、よりよい環境で事業に邁進していただけたらと思います。深く触れられてない内容や分からないこと、ご質問等がございましたらご回答いたしますので、気軽にご連絡ください。
にほんブログ村